イタリア銘醸ワイン案内 フランチャコルタの最高峰
カ・デル・ボスコの世界
(2018.10.21)
ワイン産地のシンデレラストーリー
カ・デル・ボスコは、イタリアのシャンパーニュと言われるフランチャコルタ(Franciacorta)のトップ・ワイナリー。私も10年ほど前に現地を訪ね、ザネッラ氏を取材、自著「イタリア銘醸ワイン案内」で大きく取り上げた。フランチャコルタとは、同名のエリアで、シャンパーニュ方式で造られたスパークリングワインのこと。イタリアではスパークリングワインをスプマンテと呼ぶが、フランチャコルタだけはスプマンテと呼んではいけない。シャンパーニュがAOC規定によりヴァン・ムスーと区別されるように、フランチャコルタもスプマンテとは区別された特別なスパークリングワインということである。フランチャコルタはもともと地域名だが、DOCG格付けのフランチャコルタはスパークリングワインに限定され、赤、白は、最近までテッレ・ディ・フランチャコルタと呼ばれていたが、2008年からクルテフランカ(Curtefranca)というDOCを名乗ることになった。
フランチャコルタは、ミラノからヴェローナ方面に高速を80キロ走ったところにあるエルブスコ村周辺のエリアである。このフランチャコルタの歴史は、カ・デル・ボスコから始まった。ミラノ在住のザネッラ氏の母親が1964年に別荘用に土地を購入したのである。当時、その土地にはブドウは植えられておらず、まったくの森だった。ちなみに、カ・デル・ボスコとは森の家という意味である。イタリアのブドウ栽培はローマ時代から行われ、有名な産地の畑は少なくとも数世紀の歴史を経ているが、フランチャコルタは1960年代に始めてブドウが植えられ、わずか20年でイタリアの有力ワイン産地へと成長した驚愕の物語である。その成功は、フランチャコルタ現象と呼ばれている。
シャンパーニュのクオリティを目指して
ワイン造りの歴史こそないが、フランチャコルタのテロワールはワインに向いていた。エルブスコの北30キロにアルプスが迫っており、氷河による堆積土壌と、昼夜で最大20度も開く気温差の影響で、質の高いブドウができる。記録によると、1960年代にはブドウ畑もごくわずかでワイナリーは1軒もなかったが、2009年現在、ブドウ畑は2500ヘクタールに、ワイナリーは97軒へと、爆発的に増えている。そうして、イタリアのスパークリングワインの一大生産地となったわけだが、それでも規模はシャンパーニュの30分の1。協同組合やネゴシアンはなく、自社畑のブドウで瓶詰めを行う小さな生産者が競い合っている。フランチャコルタに使用できる品種は、ピノ・ネロ(ピノ・ノワール)、シャルドネ、ピノ・ビアンコ。1ヘクタールあたり4500本以上の密植、収穫は手摘み、熟成はノンヴィンテージで18ヶ月、ミレジムで30ヶ月、リゼルバは60ヶ月以上が義務付けられている。シャンパーニュの熟成期間は、ノンヴィンで15ヶ月、ミレジムで36ヶ月だから、シャンパーニュを上回る長期熟成で、シャンパーニュ以上のクオリティを目指している。
イタリア・スパークリングワインの頂点
さて、ワインに話題を移そう。まず、カ・デル・ボスコのトップ・キュヴェであるフランチャコルタ・キュヴェ・アンナマリア・クレメンティ。アンナマリア・クレメンティとはザネッラ氏の母親の名前である。1989年が最初のヴィンテージで、リリース以来、「ガンベロ・ロッソ」のトレ・ビッキエーリの常連ワインである。かつて、私はある専門誌の企画で「究極のイタリアワイン」と題する特集を作ったことがあるが、イタリアのスパークリングワインの頂点としてこのワインを選んだ。シャルドネ55%、ピノ・ビアンコ25%、ピノ・ネロ20%を基本に造られ、ベースワインはバリック熟成、そして60ヶ月~80ヶ月におよぶ瓶内熟成が行われている。一流のシャンパーニュと比べて、よりクリーンで骨格があり、味わいも濃い印象だ。アンナマリア・クレメンティは、ヴィンテージ入りのキュヴェで良年しか造られない。
ここで、ひとつ、ザネッラ氏の主張を紹介しておきたい。彼によると、フランチャコルタにフルートグラスは合わない、そうである。その理由はふたつ。ひとつは、長期熟成されたフランチャコルタは、開口部の広いグラスでより空気に触れさせるべきであるということ。もうひとつは、フルートグラスでは香りが十分に立たないこと。さらに、フルートグラスでは、飲む時に顔を上向きに傾けなくてはならないが、見た目もエレガントではない上に、口も鼻もワインを感じる角度にならないという。フルートグラスを立ち上る泡の美しさも捨てがたいが、フランチャコルタ、少なくともカ・デル・ボスコを飲む時だけは、その流儀でいこう。