ストーリーのあるワインと暮らし

Wine & Story

ワイン・ランキング フリウリ・ヴェネツィア=ジューリア州
その多様性を知る白10本

(2014.12.30)

friuri

イタリア白ワインの聖地
ハプスブルグ家の支配下にあった時代、フリウリ一帯は良質なワインを生み出す生産地として有名だった。当時は、複数の品種を混植・混醸させてつくる大衆的なワインが主流であったが、中には帝国に税金の代わりとしてワインを収める優秀な生産者もいた。

1869年、フランス人・テオドア・ド・ラ・トゥール伯爵により、メルローやシャルドネといった国際品種のクローンが持ち込まれたことにより、状況は大きく変わる。コルモンス村を中心に、国際品種に植え替えを進める農家が、ドミノ倒しのように増えていった。

1970年代、ドイツから醸造ノウハウを持ち込んだマリオ・スキオペットのワインが、国内外で大変な評判を呼ぶ。彼の成功に触発された若き生産者達は、従来の大衆消費的なワイン造りから、より付加価値の高いワイン造りを追い求めた。気がつけば、フリウリは「イタリア白ワインの聖地」とまで呼ばれるまでになっていた。

今日、フリウリの白ワインのタイプは、大きく2つに分かれる。1つは前述の流れをくむ、クリーンなスタンダード・タイプ。もうひとつは、赤ワイン造りと同じように葡萄の果皮を漬け込んで造る「濁酒(どぶろく)」のような複雑味のあるタイプ。

さらに細かく見れば「地場品種と国際品種をブレンドしたもの」「地場品種にクリュの概念を持ち込んだもの」「果皮を人力でかき混ぜ醸すもの」「近代的設備で醸造工程を徹底して管理するするもの」「バリックで発酵させるもの」「甕(かめ)で発酵させるもの」等々、まさに「百花繚乱」とも呼ぶべき状況である。

そして、次世代を担う若い世代も、自らの哲学と感性を信じ、日々試行錯誤を繰り返しながら、理想のワインを追い続けている。

ここフリウリには「自由なワイン造り」の気風があふれている。この10本を飲めば、変化を恐れぬ、フリウリの熱き醸造家達の魂を、体感できるだろう。

 
カンテ・マルヴァジア・セレツィオーネ/エディ・カンテ
イタリア屈指の傾奇者が奏でるセレナーデ
抜栓する前から、これほど心躍らされる自然派ワインがあるだろうか? アドリア海最奥の都市、トリエステ。海岸線とスロヴェニア国境に挟まれた細長いエリアは「Carso(カルソ)」と呼ばれ「カルスト層」の語源ともなったワイン生産地である。この「D.O.C.Carso」を代表する生産者といえば、エディ・カンテだろう。地場品種マルヴァジアやヴィトフスカ造りの名手であり、カルソ・ワインのパイオニアだ。イタリアワイン・ファンの間では「奇才」とか「カリスマ」とか「傾奇者(かぶきもの)」などと呼ばれる、とてもユニークな人物である。

カンテを語るうえで、避けては通れないのが、石灰質の分厚い岩盤を13mも掘削して造った、前代未聞の醸造施設だろう。地下3階、上部1階建て。壁際をつたいながら、らせん状の階段を地下にむかい降りていくと、鍾乳洞のように体がひんやりしてくる。アドリア海の陽の光を燦燦と浴びた葡萄は、この地底の秘密基地でワインにされる。

ふと、壁に目をやると、カンテ自身が描いた、抽象画がいくつも飾られていた。これらの絵は、フレンチ・バリックで熟成されるセレツィオーネ・シリーズのエチケットにプリントされる。フラッグシップのワインにアートラベルを付ける生産者は少なくないが、その絵を自分で描いちゃう人は、かなり珍しい。

地場品種のワインに限らず、シャルドネやソーヴィニオンも造っているが、彼の造るワインは、どれもミネラルが強く、固い印象のワインが多い。カンテ自身も「できれば飲む2日前には抜栓しておいてほしい」と、サラっと言ってのけるほどだ。

実際そのとおりにすると、葡萄の個性やワインとしての魅力が、ぐんぐんと増してくる。レストランで飲むなら、一度カラフェに移し変えてもらったほうがよい。このワインのエレガンスを体験したら「自然派ワインはビオ臭さい」とレッテル張りしている連中のことを、哀れに思えてくるだろう。ロバート・パーカーJrが、カンテを「イタリアのコシュデュリ」と呼ぶのも、納得できる。

Kante Malvasia Selezione/Edi Kante
Kante Malvasia Selezione/Edi Kante
オスラヴィエ/スタニスラオ・ラディコン
フリウリ自然派ワインの「将軍」
「スタニスラオ」と呼ぶよりも、皆、親しみをこめて「スタンコ」と呼んでいる。セラーはゴリツィア市内から車で15分程の距離にあるオスラヴィエというところにある。自宅兼セラーのは丘の頂上にあり、眼下に畑が広がる。南向きの急斜面。畑の密植度合は、9500-10000本/ha。イールドは5000kg//ha。化学肥料を使わず、葡萄の樹への薬剤散布も必要最低限に減らし、無農薬有機で収穫。ラディコンは、この畑で「究極の有機葡萄」を栽培し、「究極のナチュラル・ワイン」を造っている。収穫直前のリボッラやシャルドネの実は、まるでメロンの種のまわりのように甘く、凝縮している。

一般的に白ワインは優良なものであっても収穫後1~2年で出荷されるが、ラディコンの場合は、ノーマルクラスの白ワインでも、収穫年後6年を経てリリースする。メルローなどの赤ワインにいたっては、10年以上。できるワインは、年3万本程度しかない。また、現在ほぼ全てのアイテムが、二酸化硫黄無添加で瓶詰されている。何なら何まで「攻め攻め」な生産者である。

ラディコンといえば「赤ワインのように複雑で、重層的な味わい」の「果皮を漬け込んで醸す」白ワイン造りのパイオニアである。完熟した葡萄は除梗され、木製の解放型発酵タンクへと運ばれ、10日~14日の間、木製の櫂(かい)を使って、人力で日に4回撹拌し、マセレーションを行う。葡萄の皮から複雑さを抽出した後、大樽で熟成を行う。

フリウリでは、複数の葡萄品種をブレンドして作る白ワインは、古くから愛飲されているが、このオスラヴィエも、 ピノ・グリージョ40%、シャルドネ30%、ソーヴィニヨン30%のブレンドワインである。飲めば、腰が抜けるほどの果実味と旨味に、圧倒されることだろう。まるで「野獣」を思わせるド迫力の白ワインだ。

Oslavje/Stanislao Radikon
Oslavje/Stanislao Radikon
Capo Martino カポ・マルティーノ/イエルマン
世界に誇るフリウリ最高の白ワイン
「フリウリで有名なワイナリーは?」とたずねたら、おそらく一番最初に名前があがるであろう生産者である。イエルマンは、4代目の当主シルヴィオの代になり、世界的な注目を浴びたワイナリーである。

1960年代頃まで、この地方のワインは、アルコール度数が高く、重たいだけのワイン、いわゆる「田舎くさい」ワインが主流だった。コネリアーノにある醸造大学で学んだシルヴィオ・イエルマンは、ブルーゴーニュを思わせる、より、洗練された、現代的な味わいを目指した。

イエルマンのワインといえば、日本のコミックにも取り上げらたシャルドネ100%のワイン「ワー・ドリーム」や、ガンベロロッソ1997年度版でイタリアの白ワインNo.1に選ばれた「ヴィンテージ・トゥニーナ」が有名である。

しかし、このセラーの真のフラッグシップ・ワインは、前述の2枚看板ではない。フリウラーノ、マルヴァジア・イストリアナ、ピコリット、リボッラ・ジャッラといった、地元フリウリを代表する地葡萄をブレンドして造る「カポ・マルティーノ」こそが真打である。

シルクのようななめらかな飲み口と、スケール感のある味わいは「グラン・ヴァン」と呼ぶにふさわしい。とくに、10年ほど熟成したこのワインの魅力は、筆舌に尽くしがたい。フリウリのテロワールを最大限表現した、シルヴィオのブレンド・センスには、ただただ脱帽するばかりだ。

Capo Martino/Jermann
Capo Martino/Jermann
ウィス・ブランシス/デニス・モンタナール
フリウリ自然派、第二世代の星

フォロ・ロマーノの遺跡のある、フリウリの港町・アキレイア。モンタナール家は、代々、アキレイアのヴィッラ・ヴィチェンティーナ(Villa Vicentina)村に広大な農地を有する、地主だった。彼らは、主にトウモロコシをはじめとする農作物を生産し、生計を立ていた。現在も、徹底した自然農法で高品質なトウモロコシを作っているが、その一区画を利用し自家消費用の葡萄栽培をはじめたことが、デニス・モンタナールがワイン生産者としてデビューする、きっかけとなった。初ボトリングは、1992年。

デニスは、自分の家の敷地で、葡萄やトウモロコシの他にも、自家用パンのために麦も栽培している。基本的にどの農作物の畑にも、除草剤や殺虫剤は長年つかっていない。さらに、養蜂や養豚も行う。週末には、畑の土を掘り返し、みみずを捕まえ、子供と小川で魚釣りを楽しむ。みな、循環農法の一環として行っている。

自然の摂理に逆らうような、葡萄栽培は行わない。自然の摂理にしたがえば、葡萄の出来は、毎年同じであるはずがない。デニスは、気候や葡萄の状態を見て、年ごとにアイテムや造り方を変えている。ただ、彼の畑のパワーはすさまじく、造るワインはどれも、驚くほど味が濃い。

彼の名を一躍有名にしたのは、フリウリの地場新種であるレフォスコ・ダル・ペドゥンコーロ・ロッソで造る赤ワインだった。2003年には、ヴェルドゥーゾという甘口白ワインにつかわれる地場品種で、妖艶な辛口ワインを造っている。

この「ウィス・ブランシス」は、比較的安定に生産されている、同社の看板ワインである。(それでも良年のみしか生産されない)トカイ・フリウラーノ、ソーヴィニヨン、ヴェルドゥーゾのブレンドワイン。全てのキュヴェで自然酵母を使用。自然の恵みいっぱいのデニスのワインは、それ自体が完成品である。瓶詰め作業は全て手作業で行なっている。キャップシールの代わりに、ビンの口を蝋で固めているのも、実に味わい深い。

Uis Blancis/Denis Montanar
Uis Blancis/Denis Montanar
ウン・ピクリット・ダル・シエット/マルコ・サーラ
若い世代が造る、新感覚のピコリット
フリウリの甘口ワインといえば「ラマンドロ(Ramandolo)」と「コッリ・オリエンターリ・デル・フリウリ・ピコリット(Colli Orientali del Friuli Picolit)」。この2つの D.O.C.G.ワインが有名である。

残念なことに、甘口ワインの需要は低迷している。ワイン法の保護を受けてはいるが、悠長に食後に甘口ワインをたしなむ習慣は、ややもすると、時代遅れの印象すらある。それまで甘口ワイン専門で作っていた生産者も、辛口ワインへ転向する例も少なくない。

ところが、ここ数年、フリウリの自然派ワイン生産者の間で、それまで聞いたことのないような、造り手の名前が囁かれている。「マルコ・サーラ」。ナチュラルライフを心情とする、若いカップルが始めた、小さなカンティーナである。二人のセラーは、ラマンドロの中心地ニーミス村の南、コッリ・オリエンターリ・デル・フリウリの最西端にある。標高75~300mに約5haほどの葡萄畑と、3つの森を所有している。

自然の摂理に忠実な二人のワインは、年ごとに気候や葡萄の出来によって、アイテムは異なる。小生の知る限りでも、看板のピコリット100%のワインも、「dal siet(2007)」→ 「Piculit dal Undis(2011)」→ 「dal dodis(2012)」 と変わっている。貴腐菌の付いた葡萄30%と、アパッシメント(陰干し、自然乾燥)した葡萄70%をブレンド。54リットル・サイズのダミジャーナで、醸造・熟成を行い、無清澄、無ろ過で瓶詰している。

彼らの造るピコリットは、喉が渇くような甘さではなく「瑞々しさ」すら感じさせる、自然な味わいの甘口ワインだ。

Un Piculit Dal Undis/Marco Sara
Un Piculit Dal Undis/Marco Sara
ヴェルドゥッツォ/ブレッサン
怒れる男のリアル・ワイン
ブレッサン家が、ナトゥラル・ワインの生産者として脚光を浴びたのは、現オーナーのフルヴィオの代になってからである。同家は、ハプスブルグ帝国のマリア・テレジア(ハンガリー女王、オーストリア女大公)の時代より、イゾンツォと呼ばれる場所でワインを造っていた。フルヴィオは、その9代目。

「炎上商法」を狙っているのでは?と疑われる程、ネット上で辛辣な発言を繰り返している彼だが、実際に逢った印象は、名家の血筋に恥じぬ、とてもジェントリーな人物だった。ただ、一度、気に入らない生産者の名前が出ると、もう止まらない。「あんなワインを飲むやつはバカだ」「奴の2日目のワインを飲んでみろ、あれは毒だ!」など、容赦ない言葉を浴びせかける。

なによりフルヴィオは、商売のために、自称「自然派」を語る輩を絶対に許さない。「もはや、自分の敵はあらゆるテクニカルな技法を取り入れた大手メーカーなどではなく、むしろ自然派を語り、醸造的な欠陥をもったワインを『ナチュラルにつくられたワインだから』と言い訳しながら売っているエセ自然派生産者なのかもしれない」とまで公言している。

あの絶対の自信はどこから来るのか。完璧にマルチングされた畑を一緒に巡り、フルヴィオの情熱のすべてを注ぎこんだ「作品」を飲めば、その答えは明らかだ。彼ほど「ワインを敬愛している」クレイジーな奴を、僕は見たことがない。

このワインは、フリウリで甘口ワインに用いられる、ポピュラーな地場品種ヴェルドゥッツォを、敢えて辛口に仕上げたものだ(実際の味わいは、ドゥミ・セック に近いと思う)。あの怒れる熊のような男の手から、かくも繊細なワインが生み出されるのか。ワインとは、実に面白いものである。

Verduzzo/Bressan
Verduzzo/Bressan
コッリオ・ロンコ・デッラ・キエーザ/ボルゴ・デル・ティリオ
「トカイ」の伝統を守る騎士
フリウリの地元民にとって「トカイ」という葡萄は、爺ちゃん婆ちゃんの頃から慣れ親しんでいる葡萄である。特別な想いを持っている愛好家や生産者は、少なくない。ボルゴ・デル・ティリオのニコラ・マンフェラーリも、強い思い入れをもつ、ひとりだ。

彼のセラーは、コルモンスの中央部に位置するブラッツァーノにある。セラーの玄関を入り、そのまま中を抜けると、中庭正面に「ポデーレ・ディ・ブラッツァーノ」畑のある丘が、目に飛び込んでくる。「コッリオ・ロンコ・デッラ・キエーザ」は、この畑に植わる平均樹齢45年のフリウラーノから造られる。

この丘の直下は、コンピューターによって温度管理を行っている、エイジングルームになっている。内部は、エイジングルームの壁の一部は「ボンカ」層の土壌がむき出しになっている。「ボンカ」なしに、硬質なフリウリ・ワインのミネラルを語ることはできない。

ハンガリーとの「トカイの呼称」をめぐる争いに敗れたイタリアでは、2008年以降、イタリアワインのぶどう品種に「トカイ」の名称を使用することを違法となった(トカイ・フリウラーノも不可)。名前を奪われた葡萄は、「フリウラーノ」という、いかにもとってつけたような名前になってしまった。「この哀れな葡萄をけして見捨てるような真似はしない」と、ニコラは言い切る。

「コッリオ・ロンコ・デッラ・キエーザ」は紛れもなく、悲運の葡萄のポテンシャルとこの土地のテロワールを極限まで表現した、フリウラーノの最高峰である。

Collio Ronco della Chiesa/Borgo del Tiglio
Collio Ronco della Chiesa/Borgo del Tiglio
サクリサッシ・ビアンコ/レ・ドゥエ・テッレ
毎日飲んでも、おいしいワイン

秀逸な白ワインが生産されるエリア「コッリ・オリエンターリ・デル・フリウリ」。この一帯は、フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州の州都ウーディネと、コッリオ(ゴリツィア)の間に、スロヴェニアとの国境を接しながら、まるで馬蹄の「Uの字」のように広がっている。

「コッリ・オリエンターリ・デル・フリウリ」には、多くの生産者が割拠する2つの大きなコムーネがある。「プレポット」と「カプリーヴァ・デ・フリウーリ」。レ・ドゥエ・テッレのセラーは、プレポットの中心から、すこし南に下ったところにある。

同社は、フラヴィオ・バジリカータ(Flavio Basilicata)と シルヴァーナ・フォルテ(Silvana Forte)の二人が営むワイナリー。2人の作るワインは、どれもクリーンでナチュラル。長期熟成向きなワインというよりは、4~5年の内に消費されるような、より生活に密着したワイン造りを目指している。日常に密着したワインだからこそ、ビオロジックにこだわる。

このサクリサッシ・ビアンコは、フリウリの地葡萄フリウラーノとリボッラ・ジャッラのブレンドワイン。ステンレス発酵、フレンチオークで22か月熟成。年間わずか5000本程度しかつくられない、貴重品だ。

「サクリサッシ・ビアンコ」にかぎらず、彼らの作るワインは、どこか南仏的のニュアンスを感じさせる、やわらかさと洗練された印象がある。地元の若い生産者たちからも「先生」と慕われるフラヴィオの魅力的な人柄が、ワインの味わいの中に、よく現れている。

Sacrisassi bianco Colli Orientali del FriuliLe/Due Terre
Sacrisassi bianco Colli Orientali del FriuliLe/Due Terre
フリウラーノ/フランコ・トロス
ゆるーく、優しい、ほっこり父さんの味
穏やかな丘陵が連なるコルモンス一帯は、さしずめ「ワイナリー銀座」とでもいうような場所である。リビオ・フェルーガ、ドロ・プリンチッチ、エディ・ケーベル、コレ・ドゥガ、ボルゴ・サンダニエーレ等々、フリウリの白ワインファンなら、思わずニヤリとしてしまいそうな優良生産者の名前がいくつも連なる。

また、コルモンスには「ラ・スビダ(la Subida)」という名前の、中央ヨーロッパ料理を起源とする、家族経営の名物レストランがある。夜ともなれば、家族やゲストを連れた地元生産者達が、食事をしている姿をよく目にする。ミシュランガイドからも1つ星を賜っているためか、お忍びでやってくる有名人も少なくない。

この「ラ・スビダ」の目と鼻の先に、フランコ・トロスのセラーはある。大きな体で、終始、穏やかで、にこやか。小声でポソポソ話し、けっして自分のワイン哲学をひけらかすことのない、とても温厚な人物だ。

ポンカ層のミネラルをたっぷり含んだ、トロスのワインは、クリーンで、凝縮感がある。緊張感のある味わいというよりは、、どこか手作り感のある、温かみのある味わいが魅力的だ。丁寧な仕事をしていることは、彼のワインを飲めば、誰だったてわかる。

事実、「トカイ・フリウラーノ(現フリウラーノ)2002」は、「ガンベロロッソ・ヴィーニ・ディタリア2004年版」において年間最優秀白ワイン(i migliori vini bianchi dell’anno)を獲得している。

同社は、白ワインだけでなく、メルローの評判も非常に高い。イタリア・フランスの専門家や記者を招いて行われた、地元のメルローの品評会で、「マッセート」「ミアーニ・メルロー」「シャトー・ル・パン」「シャトー・ペトリュス」などを押さえ、優勝してしまった、という逸話もある。

さんざん、ワインを飲ませてもらったあげく「うちで作ったハム、もってく? うまいよー」「あ、日本に帰るのか。空港で没収されちゃうね。」「じゃ、ワイン持ってく?」と、前述のメルローのマグナム・ボトルをポンとくれちゃうような、とても気のいいお父さん、なのである。

Friulano/Franco Toros
Friulano/Franco Toros
リボッラ・アンフォラ/ヨスコ・グラヴナー
イタリアの自然派ワインの象徴
ヨスコ・グラヴナーといえば、いまや、イタリアにおけるアンフォラ(テラコッタ製の甕)を用いた醸造方法の、開祖的存在として、世界で知られている。ブルネッロの最高峰とされる「カーゼ・バッセ」のオーナーのジャンフランコ・ソルデーラは、『偉大なワインとは赤ワインのことを言うものだ。しかし、偉大な白ワインを挙げろといったら、私は間違いなくグラヴナーを選ぶ』とまで語る。

しかし、そこに至るまでには、さまざまな紆余曲折があった。80年代、小さな木樽を用い、野生酵母による樽醗酵・樽熟成を行っていた。90年代には、ラディコンやラ・カステッラーダのように、木製開放式醗酵槽でマセレーションをさせ、ワインを造っていた。2001年になって、リボッラでアンフォラを用いた醸造を開始。現在は、全アイテムがアンフォラ発酵となっている。

人がすっぽりと入ってしまうほどの巨大なアンフォラは、遠路はるばるグルジア(ジョージア)から、トラックで運んできたものである。これらのアンフォラは、醸造室の地面すれすれまで、埋められていて、開口部だけがポカンと地上にでている。まるで落とし穴、いくつも空いているかのようだ。不耕起・草生栽培で栽培された葡萄は、収穫後、破砕・除梗され、アンフォラへ運ばれる。

アンフォラの内部には、厚く蝋が塗られている。蝋とアンフォラの目に見えない隙間を通して、発酵中の葡萄は呼吸をするそうだ。マセレーションは、木製の櫂(かい)を用いて、人力でかき混ぜる。発酵中の葡萄の果帽はとても重く、素人では混ぜるどころか、櫂を液中に鎮めることすらできない。グラヴナーは、これを1日に6~8回、発酵中のすべてのアンフォラに対して行う。

「オレンジ・ワイン」とも称される、イタリアを代表するナチュラル・ワインは、信じがたい手間暇と労力、そして「情熱」の結晶なのである。

Ribolla Anfora/Josko Gravner
Ribolla Anfora/Josko Gravner