カリフォルニアのピノ・ノワール-2- ワインだけじゃない、
ワイナリーはワンダーランド
(2015.04.23)
最近のワイナリーは、フード・ペアリングや自らブレンドするワインなどに加え、アート・コレクションやベジタブル・ガーデンの併設等々、テイスティング以外の愉しみが広がるワンダー・ランドとしても人気。そんなワイナリーをピノ・ノワール最大の産地ソノマに訪ねた。
デ・ローチ・ヴィンヤーズ DeLoach Vineyards Sonoma
サプライズに満ちたファンタスティックなワイナリー
ワイナリーを訪れて目に飛び込んでくるのはディヴァ(オペラの歌姫)・ティーン、1700年代の衣装を纏ったマネキンたちだ。発酵槽が稼働するのはせいぜい1ヵ月ほどで、その期間以外は無用の長物と化す。それを逆手にとって、このようなアートに仕立て上げた。これらのオブジェには意味があり、足が乗っている発酵槽はピジャージュ(ぶどう果汁の上に浮いてくる果皮や種からなる果帽を足で液中に沈める作業。英語ではパンチング・ダウン)を表現。天井でブランコに乗っているディヴァ・ティーンは実際のピジャージュの様子(発酵槽の上部に幅広の板を渡し、そこに腰を下ろしておこなう)を換骨奪胎しアートとなった。
他にもワインの舌触りをマネキンが纏った服地で表現したオブジェもある。ヴェルヴェットは滑らかさ、トゲトゲした素材はタンニンを表し、手で触れることで味わいを体感できるようになっている。これらは、フランスで最大規模を誇るボワセ・ファミリーを統括するジャン=シャルル・ボワセのコレクション(1975年創業のデ・ローチ・ヴィンヤーズは現在ボワセ社傘下にある)。ワインにかかわるテーマをアートで表現しているが、どれも驚きに満ちていて妖しさも十分で、いまやワイナリーはおとなのワンダー・ランド。
デ・ローチでは奇抜なアートを愉しむだけではなく、ワイナリーでは珍しいマスタードづくりが体験できる。カラシナの種を、若干ねばりがでてくるまで擂り鉢でたんねんに擂り、その後は少量の塩、さらにワイン・ヴィネガーを加えて、マスタードができあがる。しかしワイナリーでは、ワイン・ヴィネガーではなくワインそのものを加えて仕上げるなど、オリジナルのマスタードをつくることができる。
ワイナリーでは本格的なワインのブレンド作業もおこなうことができ、使用するのは実際に樽熟庫で寝かせている樽から抜き取ったバレル・サンプル。最初は口に含まず、香りだけで判断しながらブレンドしていくが、真剣なテイスティングがかなり疲れるのと同様、ブレンディングはそれ以上に集中力を必要とするため、なかなかにたいへんな作業。ではあるが、独自のブレンドで完成する1本はワイン・ラヴァーであれば無常の喜びとなるハズ。
サプライズだけじゃない、ぶどうの栽培は完璧なバイオダイナミック
デ・ローチのぶどうは完璧なバイオダイナミック(認証も取得)で栽培されている。加えて菜園で育てたカモミールなどを用いて、いくつかのプレパレーションは自家製を使用。さらにワイナリーで使用する水は100%リサイクルするし、必要とする電力も設置したソーラー・パネルで全てまかなっている。他にもワインの清澄に用いる卵白は飼っている鶏が産む卵を使用するなど、極力自然に寄り添ったやり方でワインを生んでいる。
ワイナリーで産するピノ・ノワールは年によっても異なるが、全て併せると7、8種に上る。最上級ラインのエステート・ヴィンヤード・ピノ・ノワールと最もポピュラーなO.F.S.ピノ・ノワール(Our Finest Selectionの略)、それにマボロシ・ヴィンヤード・ピノ・ノワールをテイスティング、なかではマボロシのエレガントさに魅了された。ラベルにあるMaboroshiは日本語で、日本人がオーナーのマボロシ・ヴィンヤードのぶどうを使ったピノ・ノワール。アルコールも13.5%とカリフォルニアのピノとしては低く、透明感のある色調に、甘くリキュール様の風味が柔らかな口当たりのいいバランスのとれた赤。カリフォルニアのピノでありながらブルゴーニュのそれを彷彿とさせるワインは、いまやハイブリットとして生まれ変わったデ・ローチというワイナリーの未来を予感させるもの。ただ
生産量は少なく、2011年産で374ケースしかない。
生み出すワインのクオリティは高く、加えて愉快な驚きに満ちたデ・ローチ・ヴィンヤーズ。ヴィジターには大人気で、連日たいへんな賑わいだが、妖艶なオブジェに囲まれた部屋でのパーティやウェディングも可能。新たな愉しみ方を体感できるファンタスティックなワイナリーである。
ケンダル・ジャクソン Kendall-Jackson Sonoma
全米屈指の規模を誇るワイナリーがこだわるのは土と緑
ワイナリーは弁護士だったジェス・ジャクソンが50代のときに設立、1982年スタートする。翌83年には早くもコンクールでシャルドネがメダルを受賞。その後も順風満帆、30年ほどの歴史ながら現在は6000ヘクタールという広大な畑を所有、そして国内外35のワイナリーを傘下に収め、併せると500万ケースの生産量を誇る全米屈指のワイナリーに成長。そしてワイナリー一押しのシャルドネ・ヴィントナーズ・リザーブは、24年間全米で一位の売り上げを記録し続けている。
ケンダル・ジャクソンが力を入れているのは料理のよき友としてのワイン。ワイン・センターではフード・ペアリングも3種類のコースが用意されているが、そのお皿に用いる野菜にもこだわり、使用するのは自家菜園でとれたもの。
カリフォルニアでは、多くのワイナリーで自家菜園が見られるが、ケンダル・ジャクソンのそれは1ヘクタール以上の広さと規模からして異なる。ピノ・ノワールなど各ぶどう品種の風味、味わいを果樹やハーブで表現したワイン・センソリー・ガーデン。アジアやヨーロッパ原産などの世界各地の野菜が見られるインターナショナル・キュイジーヌ・ガーデンや、珍しい野菜だけを集めたヴェジタブル・トライアル・ガーデンなど、いくつかの区画に分かれている。全体をマネージメントするのはタッカー・テイラー、3ッ星レストラン、フレンチ・ランドリーの自家菜園でガーデナーを務めていた経歴の持ち主。年に何度か世界をめぐり、珍しい野菜やハーブを持ち帰り栽培をおこなっている。これらは地元はもちろんのことサンフランシスコのレストランなどにも供給していて、ケンダル・ジャクソンがワインだけでなく、野菜づくりにも真剣に取り組んでいることのひとつの表れ。
自家菜園の野菜はレストラン顔負けの厨房からワインに合う一皿に変身する
自家菜園のフレッシュな野菜は旬の風味と味わいを愉しめるよう、シェフのジャスティンが腕を揮う。2、3週間毎にメニューは変更になるが、野菜をふんだんに使った料理7皿に7種のワイン(ロゼ、白に赤3種、それに甘口2種類)を合わせた、リザーヴ・ワイン・フード・ペアリングが毎日朝の10時から午後の3時過ぎまで、予約なしでok(4人以上は事前に予約が必要)。アメリカンな一口サイズなので、日本人であればランチとして満腹感も十分。
ワイナリーでは40種以上のワインをリリースしているが、そのうちピノ・ノワールは限定品も含めると5銘柄がある。なかではモントレーとサンタ・バーバラのピノ・ノワールでつくられたグランド・リザーヴが人気で、ピノ・ノワールらしい透明感の仕上がりながら、飲み応えも十分でコスト・パフォーマンスのよいもの。ケンダル・ジャクソンの力量を知りたい向きにはお勧めの1本。
おみやげコーナーには、普通のワイナリーでは見かけない、ぶどうの種からつくられた粉など、珍しいものがある。創業者ジェスの伴侶バーバラが友人と設立した会社が開発したもので、この他にもぶどうの果皮からつくられた粉などもあり、ただ珍奇なだけではなくグルテン・フリーなので、小麦粉の代わりとしての実用品としても人気がある。その他、料理道具などが目につくのも、このワイナリーらしいところ。
カリフォルニアではワインに関係したフェスは多いが、ワイナリーでは毎年恒例のイヴェント、トマト・フェスティバルが9月に開催される。50を超えるレストランがブースを出し、自家菜園で育てた150種類のトマトを使ったオリジナル料理などで腕を競い、多くのヴィジターで盛り上がる。ワインと食にこだわるケンダル・ジャクソンならではの一大イヴェントで2016年には20回を迎える。